はじめまして さり です。


ここでは、わたしが「ひとりってすばらしくステキ!」と思うに至ったストーリーをお伝えしたいと思います。


これを読んでいただくと、わたし自身のことを知っていただけることはもちろんですが、あなたが「ひとり」について感じていることがガラッと変わるかもしれません。


▶「いい子」であること

▶「みんな」と仲よくすること

▶「他の人たち」と同じであること


そんな息苦しさからサクッと解放されて
思う存分「ひとり」を楽しめるようになった物語です。
少々長くなってしまいましたが、ぜひぜひ最後までお付き合いください。


本ばかり読んでいた子ども時代

わたしは、両親ともに会社員、共働きのごくごく普通の家庭で育ちました。幼稚園の頃からずっと誰かが帰ってくるまで、ひとりでお留守番。

父も母も「寂しいだろう」と気にしてくれていましたが、当の本人はまるで気にならず、むしろ「ひとり」でいるほうが気が楽、大好きな本が読めればそれで満足という、手のかからない子だったと思います。


ところが、無邪気でいられる幼稚園を卒園し、小学校、中学校と進むに連れ、どうも周囲のお友達と馴染めないことに気づいて、もやもやとした違和感を覚え始めます。


みんなと同じことを面白いと思えないし、逆にわたしが興味を持っていることが友だちと共有できないのです。


「これって面白いよね」と好きなことについて話しても、友人たちからはポカンとした表情でなんとなく冷淡な答えが帰ってくるだけでした。



あれ? わたしってオカシイの?



どうもみんなと馴染めない、周囲から浮いている感じが拭えません。


それでも、みんなと仲よくするという「あるべき姿」のために、推薦されれば学級委員を引き受けて率先して活動はするものの、ずっと抱えている「違和感」を拭うことはできず、逆に大きくなるばかり。


中心にいたくないし目立ちたくないけど「あるべき姿」のためにはやらざるを得ない、そんなジレンマの小中学時代でした。


キラキラした青春から一転した女子高時代

きっと周囲からは「明るくて活発、リーダーシップを発揮してテキパキ行動する頼もしい女子」と思われていただろう違和感だらけの中学時代。

そんなもやもやの中学3年間をなんとかくぐり抜け、それなりに勉強を頑張って、第1志望の女子高に進学しました。

地域では長い歴史のある女子高で、生徒の9割はほんとに優等生でした。

そうです、9割は優等生‥‥つまり、わたしは残りの1割です。


ちょこっとばかり制服を改造してイキがってみたり、授業をサボって喫茶店で時間を潰したり、とにかく生活指導の先生とは追いかけっこの毎日でした。

まるで映画のようなキラキラと輝く青春の日々。

おっとりとした優等生ばかりの学校で、先生たちからは怒られつつも可愛がられていたように思います。

そんな女子高で、同じ1割のはみ出し気味の友人たちと一緒に割と好き勝手に過ごしていましたが、ここでわたしの人生を変える出来事が起きます。

これは今で言うなら「いじめ」に相当するだろうと思います。


この出来事を通じて、わたしは「選択的にひとりでいる」という自由を知りました。

みずから望んで「ひとりでいること」の自由!!

この自由を得て実感したことは




▶周りが望む「いい子」にならなくていい

▶不特定の「みんな」と仲よくしなくていい



そして、なにより!!




▶「他の人たち」と同じでなくていい




ということです。


「いい子」も

「みんな」も

「他の人たち」も

全部わたし以外のことだったのです。





わたしが一番大事にしていく必要があるのは
「わたし」です。


わたしはわたし
そのままでいいのだと目が醒める思いでした。





それからの女子高生活は、もう彼女たちの無視も陰口も嫌がらせも、気にならなくなりました。





卒業さえしてしまえば、もう二度とこの街に戻ってくることはない





そう心に決めて、残りの高校生活を乗り切りました。


好きな仕事を失って、逆に得たこと

高校卒業後はデザイン学校を経て、グラフィックデザイナーとして社会人デビュー。


それからは広告代理店や編集プロダクションなどいくつか転職を重ねながら、クリエイティブ業界で、編集ディレクターとしてバリバリ仕事をしてきました。


ここで、幼い頃から感じていた「他の人たちと違う」という感覚が、活かされるチャンスを得たのです。



クリエイティブは独創性が重要です。
変わった子だねと言われ続け、周囲の人と感じることが違っていたことが、そのままクリエイティブの強みとなったのです。



誰からどう評価されようと、たとえ結果的に採用されなかったとしても、自分が企画したものは「わたしにとって最高」なのだと信じることができたからです。



広告業界はとてつもなくハードワークでしたが、好きで選んだ仕事なので、寝る暇もないことなど気になりませんでした。


なにより自分が企画してスタッフのみんなと一緒に作り上げたものが、世の中に出ていくことがとても刺激的だったのです。


そんななか、思いもかけないスタッフの背信行為によって精神的に追い詰められ、休養を余儀なくされる事態になりました。


紆余曲折がありましたが、最終的には業界復帰を諦めざるを得なかったのです。
これがわたしの人生を変えた二度目の出来事です。



好きで打ち込んでいた仕事を失ったわたし、どうなったと思いますか?





なんだか自分の人生を生きている気がしない





これは、一大事です。


わたしはわたし

そのままでいいのだと信じる拠りどころとなっていたクリエイティブワークに、もう情熱を感じないなんて、わたしはどうなってしまったのだろうか。


信頼していたスタッフの背信行為で働く場所を失い、追い打ちをかけるように長く親しくしていた彼も去っていきました。



ここで、わたしは「自分について」「メンタルヘルスについて」学び始めます。


みんな「ひとり」を恐れている

好きな仕事を失って、ぽっかりと胸に穴が空いたような喪失感。

他にやりたいことも思いつかず、ただぼんやりと時間だけが過ぎていく時期を経て、このままではいけないとあれこれ調べた末に、セルフセラピーやカウンセリングについてセミナーを受講。
講師のセッションを受け、セルフセラピーにより自らを振り返る貴重な学びを得ました。



そして、思い出したのです。


それは、ひとりで乗り切ってきた女子高時代のあの感覚、あの自由です。




選択的に「ひとり」でいることの自由





再び自分を取り戻した気がしたことをはっきりと覚えています。

この時期にセラピストの資格を取り、縁のあったメンタルクリニックで3年ほどカウンセラーとして働きました。



ここで、多くの患者さんの悩みを聞き、望む未来へ向かうためのお手伝いをするチャンスを得たことは、今のわたしを形成する得難い経験でした。



ここで気がついたことがあります。

それは



みんなひとりを恐れている



ということです。



▶周囲の人とうまくいかない

人間関係に疲れた
自分に価値がないと感じる

生きていくのが虚しい

周囲から蔑ろにされる

評価されていないと感じる



これらはすべて「自分と他者」との間で起きています。
あなた自身とそれ以外の人たち
これを分けて理解することで、人生は大きく拓けていきます。



わたしがそれまでの人生を通して学び知ったこと。



ひとりって素晴らしくステキ!!



これが解決の糸口になるのではないか。

そう思い立って「ひとりの素晴らしさ」を伝えていこうと決心し今に至ります。



そもそも誰もがその人生をひとりで生きています


「ひとり」を好きになり

「ひとり」を受け入れ

「ひとり」を楽しめる


その状態になってこそ
社会の中で自立して楽しく自分らしく生きていける




わたしはそう信じています。


このブログではそんな「ひとり好きのひとりLIFE」の楽しみ方をお伝えしていきます。
これからよろしくお願いします。


*さり*


最後に

とってもとっても長くなりました。


ここまでお付き合いいただいてありがとうございます。
わたしの人生そのものと言ってもいい、長い文章を読んでいただけてとても嬉しいです。


そこで、ここまで読んでくださったあなたに、わたしからプレゼントがあります。
わたしの人生を変えた最初の出来事について、これもまた長いストーリーを書いてみました。
きっとあなたも「ひとり」が怖くなくなる、そんなヒントになると思います。

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